ホロコースト無邪気

畦道を歩けば、バッタの類が足元で地雷を踏んだが如く爆発する。秋恒例、ジャンピング昆虫の異常発生が始まり、田舎クオリティ炸裂。


ずっと昔、まだ休日を、棺桶のように暗く、極上の不潔さを誇る部屋で過ごしていなかった昔。幼いことは残酷や?無知こそは脅威や?「 昆虫=おもちゃ 」の公式を何処で習うでもなく必須項目として覚えていた幼少時代、遊びという名のインフェルノは、多くの虫を葬り去った。無邪気― 邪気が無い、と書くその単語を当てはめても良いのか躊躇う程の、まさに悪魔の所業を行った。


バッタ、コオロギ、クツワムシの大量虐殺を、哀悼の意を添えてここに記す。
石と共に縛って池に沈める、バットでフルスイング、壁にクレヨンで的を描いてそこに渾身の投球。動物愛護団体お怒り確実の遊戯。特に一番最初のはコンクリで東京湾に人を沈めてるヤクザと基本同じ匂いがする。


しかしまあ、何であんな遊びが楽しかったのか、今になって不思議に思う。「 生命を殺めることに快感を感じた 」と云う様な、黄色い救急車テイストの感情でもなく、破壊行為を楽しんでいたのでもなく、ストレスの解消でもない。ジョジョも驚愕の奇妙さである。


そういえば、私の犬もよくバッタとお戯れになっている。ということは、犬も子ども本能的に虫で遊ぶということを知っているのかも知れない
生態系のヒエラルキーにおいて、CDTVでは約7秒しか放送されない無惨なランクに位置する昆虫。彼らに人生終了証書を授与することで得られる快感というのは、恐らく無知で野性的な子どもや動物にしか分からない感情なのだろう。