節度を守ってたのしいヒーロー

先日テレビで放映されたマトリックスを見て思い出したことだけど、どうして海外のヒーローは簡単に空を飛んでしまうのか不思議だ。
映画「 マトリックス レボリューションズ 」のラストで、ネオはスミスと空中戦を繰り広げるのだけど、ネロが天空に向けて飛び立った瞬間に激しく興醒めした。主に海外に多い「 凄い能力を得たヒーロー 」は何故か易々と飛んでしまうのだが、いくら何でも簡単に飛びすぎだ。ちょっとナメてる。
日本のヒーローは戦闘中に決してヒュンヒュン飛んでない。
古くは月光仮面から仮面ライダー、ナントカ戦隊に至るまで、ちゃんと地べたを走り、拳や剣で取っ組み合って奮闘している。しっかり肉体が強いからカッコイイのだ。ウルトラマンなんか空を飛べるだけに止まらず、スペシウムという正体不明な粒子の光線まで出せるのに、ちゃんと格闘している。高度1000mくらいから飛び降りてきて「 空中ウルトラチョーォォップ! 」でも披露してやれば脳天オープンで即死だ。ゼットンに対しても脳震盪くらいは堅かったはずだ。また少し離れた山陰から必殺仕事人よろしく光線を狙い撃ちすれば驚きの速さで怪獣は焼き上がる。しかし彼らはそんな下品なことはしない。ちゃんとフェアな状況で戦闘開始、相手が弱るとサッパリと決着をつけるために光線を打つ。飛行能力も、去ってゆく姿を華麗に演出するためのものだ。日本のヒーローの殆どは終始一貫して礼儀正しい。だから「 最初から光線出せよ。効率悪すぎ。 」という発言はナンセンスで失礼だ。ウルトラの美学を認めてあげて欲しいと思う。


しかし、海外のヒーロー、例えばスーパーマンはどうか。いつもは普通の会社員なのに服を着替えるだけでいきなり機関車持ち上げたりして、流石BBQの国だなと思う。加減をしらない。だから設定もすごい。< 参考 wikipedia >
よく、「 昔は本気でカメハメ波を出そうとしてた 」という話を聞くが、それはカメハメ波に、自分にもできるかも、という希望を見出せるからだ。しかし「 アトムみたいに飛ぼうとした 」等は前者より遥かに聞くことが少ない。空を飛ぶ、というのは子どもの豊かな想像力をもってしても「 自分には無理 」という判断になりがちだ。それだけ日本の子どもには合わないものなのだろう。


ただ、スーパーマンはスーパーマンで向こうのちびっ子に合っているのも事実だ。かつてポケモンが海外に輸出されて流行った時に、僕はポケモンだと言ってビルから飛び降りた子がいた。炎とか電気などを操る魅力的な技からいきなり飛躍して、まず行き着く先が「 空を飛ぶ 」という発想なのだから、スーパーマンが人気なのも分かる。自由と平等は大いに構わないが、あまりにも自由すぎるのも結構困り物だ。