丸い輪郭

今日近所の家が倉庫内を掃除していた。うず高く積み上げられたゴミの中に、巨大なアンパンマンの顔が垣間見えて思わず息を呑んだ。
6年ほど前、近くの神社の祭りの中に仮装大会の企画が盛り込まれたことがあって、何故か近所の数軒でアンパンマンの仮装をすることになった。先の巨大な物体はそのときに作ったものだが、凡そヒーローの美しさとは程遠い、無惨で忌々しい過去がある。


そのときは祭りの二週間ほど前から、竹林から竹を採取したりして、アンパンマンの制作がスタートした。当初はアンパンマンの仮装ということで、着ぐるみ同様顔の部分を組み立てているのだと思っていたのだが、順調に作業が進むにつれ全く程遠い物が仕上がっていった。その形状は、例えるなら丸底フラスコを逆さにしたようなものだった。顔と胴体がくっついていて、出せるのは手と足のみ。その他腰や頭は頑丈に固定。中に入って肩で支えるものだったが、担いで見ると肩が以上に痛む。アンパンマンの顔は左右非対称で少し右に首が傾き、竹の骨組みのせいか90年代初頭のテレビゲームのポリゴンみたく随所が角張っていた。中心線不明のやけにエラの張ったアンパンマンは、小学生が担ぐには相当キツいものだった。


祭り当日。午後6時半を回った頃、私はアンパンマンに乗り込んだ。
流石に真夏の夜はサディスティックだった。歩くたびにその振動で肩が潰れそうになり、内側では揮発した水のり臭が充満する。内部は気温、湿度共に上昇し、汗が溢れ出て脱水症状COMING SOON。窮屈で閉鎖的な空間や身体の不自由さに、昔広島で見た特攻兵器「 回天 」がフラッシュバックする。ちなみに隣では同様にメロンパンナカレーパンマンがフラフラと闊歩しているのだから、さながらコケシの百鬼夜行のようであり、相当見苦しかったのだろう。結果は入賞もせずに終わった。


結局その苦痛は何のためにあったのか今でも良く分からない。ただ、それ以来学校で演劇をする際は道具担当に回るようにしていた。馬鹿でかい物を作っても効率が悪い、ということを身をもって知ったからだ。おそらく既に解体されたであろうアンパンマンと愉快な仲間達は、私の反面教師として今も肩に重くのし掛かっている。