平成生まれに「 懐メロ 」は存在するのか?

少し前に「 吉田拓郎&かぐや姫 in つま恋 2006 」があったらしい。テレビで流れる映像を見ていると、案の定、頭髪が薄くなったり髪の毛の美白に成功した年齢の方々が殆どで、31年の歳月を感じた。
当時フォークソングを聞いていた人たちにとって、吉田拓郎の曲等はいわば「 懐メロ 」である。そのころといえば70年に三島由紀夫がHARAKIRIしちゃったりと社会はまだ色々と不安定だった訳で、曲を聴くとその頃の様々な思い出が蘇る、と言う人はやはり多いはずだ。


で、テレビを見ながらふと思って不安になったのが、自分達には「 懐メロ 」が無いなあ、ということ。20年、30年後に「 ああ、そんな歌あったねえ! 」と思い起こせるような曲って、多分最近無いんじゃないか。倖田來未でもカットトゥンでも、強烈に耳に残って思い出と共に脳に焼きつく歌って、あんまり無いような気がする。将来思い出せるとしたらSMAPか宇多田ヒカルMr.Childrenくらいじゃないか。


時代を象徴するような大きなニュースも無い。音楽は余りにもジャンルが細分化されすぎて良く分からない。そんな現代では、そろそろ「 懐メロ 」という概念は消え入ってしまうのかも知れない。
そりゃ演奏技術や歌唱力なんかは昔に比べて上がっているのだろうけど、やっぱり懐メロが伝え得る情報量には勝てなくて、当時の思い出が蘇る喜びってのは、Web2.0だろうが10.0だろうがそんなものでは到底再現できるようなものでは無い。だから、自分にとっての懐メロがあるってのはすごく幸せなことなんだと思う。
近い未来、昔のことを振り返ると記憶に残っている曲がごく僅かでした、なんてことになったら、やっぱりそれはイカンと思う。どんな音楽にも寛容なスタンスで行かねば、と画面に映る吉田拓郎を見ながら思った。