マイ性欲スタビライザー

グラビアアイドルなんかがテレビで乳を強調していたりすると思い出す言葉がある。
豪放磊落で自由な性格な祖母は、風呂から上がっても全裸でリビングに颯爽と登場するような人物であった。祖母の家でよく夕食を食べることがあったのだけれど、知らぬ間に海底から目覚めたリヴァイアサンが背後でテレビを観ているということがしばしばあった。当時小さかった私は恥ずかしくて直視できず、ひたすらに目を逸らすことしか出来なかったのである。
そんなある日、目を背け続ける私に、怪物は夕食のシーチキン幾粒かを口から飛ばしてこう言った。「 婆の乳ぐらい見れんでどうすんのや。そういうやつが大きなったときに女の体見て変な気起こすねんで 」


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それが本当なのかは今でも分からないが、少なくとも今の私は、犯罪に繋がるような鬱屈した性嗜好を持っていない。また冒頭にあったように、テレビで女性タレントが乳を強調していても、「 いずれはこれも垂れ下がるんだなあ 」と思うことが出来る。全ては諸行無常なのだ。垂れんとする乳の形、盛者必衰の理を表す。このように性欲を抑え込むことができるのは、やはり祖母のお陰なのだと思う。


日本が高度情報社会に突入してから久しい今日。小学生がネットを自在に使いこなす姿が日常的に見られるようになったが、それは同時に、多くの子供が誤った性情報へ容易にアクセスすることが出来ることを意味する。昔は深夜番組や林に放置されたカピカピの成人誌程度しか性への入り口が無かったのに対し、今はクリック一つだけで浪漫飛行へイン・ザ・スカイである。家に居ながらにして美しく形の整った女体ばかりを眺めることが出来るということは、真に由々しき事態だ。核家族化が進む一方の日本では、残念ながらお垂れ下がりになった乳を見る機会はさらに減ってゆくだろう。
若く美しい女性の乳房も老いた女性の乳房も、それが存在する時間が違うだけで本質的には区別は無いのだということ。それを体感することが出来なくなったとき、日本男子のリビドーは暴走の限りを尽くすことになるだろう。