速く動こうとするな、速いと知れ

我が家にパーソナルコンピューターが来た夏、小学生の私はタンクトップで日がな一日パックマンに勤しんでいた記憶がある。
シンプルかつエンドレス、しかも敵に触れるだけで死滅するというスリル。昔のゲームのこうしたあっさり具合、プレイヤーに対する無愛想さがぎっしり詰まったゲームがそれにはインストールされており、飽くなき好奇心と疲れを知らぬ体でパックドットを追い求め続けた。しかし暫くすると普通のプレイでは物足りなくなり、設定を弄くり倒してみるも脳内麻薬は減少の兆しを見せる。気が付いた時にはもう、私とパックマンの関係は冷え切ってしまっていた・・・どうすればあの頃の二人に戻れるだろうか?と暗中模索していた私の目に「 速度設定 」の文字が飛び込んできた。そして気づいたときには既に速度を最も遅く切り替えていた。
開始するとパックマンも敵も全員ほとんど止まっている様な速度で移動し始める。始めは新鮮さだけで面白くも何とも無かったが、一分と経たずして私の勝利が確定されている事に気付く。敵の動きが全て手に取るように把握できてしまうのだ。舞うように敵をすり抜け、吹払うかの如く逃げ回る敵を食べる。見切った。ざまあみろナムコといった具合である。結局25面ぐらいまで進み退屈になってやめた気がする。焦り、攻防、駆け引き、スリル、全てを悪魔に売り払い、私はその代償として千里眼( パックマン限定 )を得たのだった。


今思えばあれは完全にマトリックスの世界だ。プログラムの動きを読み、冷静に戦略を立てながら同時進行で殺戮を続ける。人力を超越した彼の前では、もはや演算など意味を成さない。プログラムにはただカタストロフィーが待ち受けている。
あるいは、マトリックスの世界でネオがパックマンをしたらあんな感じになるのだろう。ワンコイン投入で縷々として終わらぬプレイ。次第に周囲で待つ者たちは苛立ちを募らせる。親子連れはすごい兄ちゃんが居るもんだと感心しながら見るが、オタクたちはコイン片手にフゥフゥ言い始める。それにも全く構うことなく、救世主は着実にハイスコアを更新してゆく。そのとき、ゲームセンターに飛び込んできたエージェント・スミスが叫ぶ。「 そろそろ替わるんだ、アンダーソン君! 」