ケンケン乗りが殺される日

ケンケン乗りを知っているだろうか。自転車のペダルに片方の足を乗せ、もう片方で地面を蹴り初速を付ける乗り方である。恐らくどのメディアも取り扱っていないのだが、このケンケン乗りが確実にこの日本から絶滅しようとしている。今日はここを読んで頂いている皆にその真に許しがたい現状を知ってもらいたいと思う。

ケンケン乗りの歴史

ケンケン乗り人口は主に二つの層に分かれる。一つは戦後に幼少期を過ごした層。もう一つは彼らの子である。団塊の世代団塊ジュニア世代と比較するといずれも5〜10歳程上になる。前者( 第一ケンケン乗り世代 )が習得したチャリスキルはケンケン乗りの他に「 三角乗り 」というものがあるが、これは自転車の形状の改良によって廃れていった。
ケンケン乗り、三角乗りは共に同じ状況下で生まれた。子供用の自転車など無かった戦後、子供達が親の巨大な自転車を乗りこなすために習得したチャリンコスキルである。サドルに跨ると足が地に付かない子はケンケン乗りを、加えて漕ぐことすら出来ない子は三角乗りを身に付けた。ちなみに三角乗りについては映画「 となりのトトロ 」内の終わりでカンタが上手に乗りこなす姿が見られるのでそちらを参照していただきたい。どこのボリショイサーカスやと言いたくなるほどの身のこなし。こんなブートキャンプは現代人には不可能だと悟られ、次第にその危険性から三角乗りは消えていった。しかし、ケンケン乗りの方は主におばちゃんのおかげで今も健在である。ではどうして今になってケンケン乗りが滅しようとしているのか。

大手企業による"オバチャン産業"の一元化

まず思いつく原因は第一ケンケン乗り世代の高齢化、あるいは移動手段が公共交通機関や車に変わったということだろうが、ケンケン乗りだけがピンポイントで潰れようとしている原因は他にある。それは、地方の"オバチャン産業"が都市に吸収されていったことである。
かつて、田舎には個人経営による商店が数多くあり、それぞれが地域内で各々の役割を果たしていた。八百屋、服屋、金物屋といった断片によって生活が補われていたのである。そしてそこでショッピングを楽しむのはおばちゃん達であった。自転車の籠に詰める量でチョコチョコと買い物をしながら、地域社会が成り立っていた。
しかし、そこにスーパーと百貨店が登場する。
かつて自転車で回らなければならなかったものが全て、しかも廉価で取り揃えられる。地方の人間にとって、それは革命的なタスクの省略であった。次第に、かつておばちゃんによって成り立っていた産業は軒並み潰れていくことになる。実際、私の地域でも多くの商店がシャッターを下ろしてしまい、今残っているのは固定客のある家具屋、酒屋、畳屋くらいである。つまり、おばちゃんが自転車で通っていた店の機能は全て都市部に吸収され、自転車で行ける範囲には、自転車で事足りる店は存在しなくなった。自転車を利用する意味が無くなってしまったのである。

ケンケン乗りの価値

ケンケン乗りなんか無くなっても困らないんじゃないか、と言われれば反論は出来ない。過去の遺物で、無用の長物だ。しかし、一度もスポットライトを浴びずにケンケン乗りが滅んでしまうのは勿体無いと思うのである。廃線になる鉄道、生産中止になる名産品。どれも消える直前になってから、テレビなどで特集される。ケンケン乗りも同じだ。最後まで世間に無視されたまま亡霊になるより、伝説として残ってほしいのである。時代の流れの中で消え行くのは仕方の無いことなのかも知れないが、人間と同様、その死に様に華を添えてやりたいのである。