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沢尻エリカが決定的に間違っていたこと

乱杭歯の見せ方である。ひしゃげたネジ穴のような歯並びの持ち主であった彼女は、今まで一度たりともそれを十分に活かせていないだろう。
乱杭歯は、見る者に無邪気さを想起させる。ある種のイノセンスの象徴である。これは漫画家浅野いにおの作品に度々用いられている。歯が抜けている、あるいは歯並びが悪かったり、歯列矯正を行っている子供が登場することがあるのだが、特に笑顔のシーンに関しては、かなり効果的に、その天真爛漫さに拍車を掛けるのである。そもそも何故乱杭歯にそのようなイメージが付加されたのかと言うと、大人になると誰しも恥ずかしがって見せたがらなくなるからだ。性的な部位に関してもそうであるが、例えば足やの毛や眉毛と同じで、普通恥じらいからそうした部位を整えるか隠すか、そうした何らかの工作を施すものなのである。だから、価値が発生する。下着や乳房に関しては女性があからさまに恥ずかしがるので、世の男はその嬌羞をしゃぶり尽くす訳であるが、歯は気づけば「 見えている 」ものであり、故にエロスではなくあどけなさを露呈するのである。その点で、俗に言うチラリズムとは全く異なり、寧ろおでこの愛らしさに近いものである。


さて、それでは沢尻エリカは如何なる時に歯を見せたのかというと、エリカ様スタイル、あのいかにも不健康そうなメイクの時に、口を開けて笑う。対して映画の中での清純な少女の時、彼女は優しく微笑む限りであった。沢尻エリカのスマイルは、素の状態では歯を見せ、演技では見せない。私は怒りをもって言いたい。逆だと。彼女は服装や化粧を見る限り、完全無欠の妖艶さを身にまとおうとしているようであったが、その場合乱杭歯は見せてはならない。ベクトルが違うのだから。あれではただのゲーセンにいる阿呆ギャルである。蔑む様に鼻で笑ったならばマゾヒストは瞬く間に絶頂を迎えただろう。また、演技では、演技だからこそ「 見せる 」必要がある。無垢な少女、しかも憂悶や悲劇を背負う役を演じることが多かった彼女は特に笑顔が貴重であった。心から笑うときに、ちらりとあの歯が覗いたならば*1、それは決して下品ではなく、涙を誘うアクセントとなったのではないだろうか。


芸能人は歯が命である。OJ OZMAは八重歯をうまく使い、見事能天気オーラを増幅させた。対して武田鉄矢は黄ばんだ歯のせいで金八先生の像を幾分損ねている。また、チュートリアルの福田は全て刺し歯に入れ替えたと言う。それもまた良い選択であろう。使い方によっては、その芸に命を吹き込む歯であるが、それは凄くデリケートなものなのかもしれない。ただ、沢尻エリカはもうすこし考えて笑うべきだった。私は彼女の泣き顔よりも笑顔の方に興味がある。

*1:前歯は矯正済みなので普通に笑うだけでは八重歯が見えない