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あたまのなかで

かつて中学のとき友人が泊まりに来たとき、丁度一昨年の今頃、かなり美しい星空を見たのを思い出す。夜中の二時、一人は私の部屋のパソコンで動画ファイルナビゲーターを覗き、もう一人はケータイを覗き、私は「 いばらの王 」を読み返していた。若い肉体が極限まで活動した日中を経て、その夜半を過ぎれば、三人のテンションはミステリアスな境地へと至る。完全に晩酌を終えた老人の顔をする者もいれば、力なくヘラヘラと笑う者もいた。私である。そんなとき、一人が「 学校行かへんか 」と言い、我々は極寒のアスファルトを、自転車で漕ぎ出すことになった。
自転車を出そうとするとシャッターを空けなければならない。シャッターを開けるとガラガラと鋭い金属音が宵の静寂を裁つ。確実に親が起きる。ヒステリックな祖母も野に放たれる。私はそれを想定し、彼らに自転車を隣の廃屋に停めておくよう言っておいたので、静かに自転車に乗り込み、学校へと向かった。点滅する黄信号。何故か青白い道路。山の白み。大型トラック。夜の世界に私だけが興奮していた。そして田以外何も無いような道に差し掛かったとき、星空を見ると、確かにプラネタリウムのような半球をなしていて、360度一斉のブリンクに私は酷く感動したのである。
自転車は二台だったので私は友人の後ろに掴まっていたのだが、その時の仄かなシャンプーの匂いも夜を強調しており、気管さえ凍てて痛むような寒気もよろしく、そして何より、それが彼らと別れることになる中学最後の冬休みだったことが、取るに足らない夜空をここまでデフォルメしているのだろうと思う。


そのあとは家に帰って寝た。目覚めの瞬間、強烈な悪臭を粘膜に感じたのも憶えている。特に香水とかをつけていた者はいなかったので、三人分の体臭が混ざりに混ざって羅刹の悪臭を産み出してしまったのだろう。


そういえば彼らとはその夜、風呂も一緒に入っていた。浴室に三人一緒に入って、ぬるい湯を追い炊きしながら、金具にケツが触れて熱い熱いと言っていたのは私だった。


彼らとはもうあまり連絡を取れていないのだけど、定期的に三人でいる夢を見る。一昨日も見た。私たちは怪力と女好きとマゾの三人組だった。お互いの服の趣味も女性の好みも音楽の趣味も知り尽くしているのは彼らだけで、「 高校ではきっと生涯の付合いになる友人が出来ますよ 」という教師や塾講師の吹聴も虚しく、高校では未だにそのような友人に巡り合えていない。
彼らはもう私を憶えていないだろうか。いや、憶えていてくれないと私が困る。高校に入ってからも私は、彼らとの思い出を咀嚼し、成人式までは、どうか昔の日々を忘れず、変わったところと言えば飲酒を許されただけの三人が昔と同じ顔で息の合った雑談をしたいと、私はずっと願い続け、mixiやらモバゲーやら、他人の色恋沙汰に一喜一憂し、他人の悪口と愚痴に唇も耳も染まったような、そんな(私の知る)中学生以下の環境に順応することを酷く恐れ、そのせいで勉強が一番面白いという状況に陥った高校生活を耐えているのだ。彼らが私の中でベストな人間として像を結び続けている限り、私は昔のとおり、恋愛は出来ず、チンコは黒く、髪型は坊主で、乳首に洗濯ばさみを自ら挟むような変態でなければいけないような気がして、「 彼らの知る私 」を逸脱してはならず、私自身もそれに怖じている。ホモではないが、彼らが誰よりも好きだ。


これを書いている一月八日の午前一時、この夜を過ぎればまた高校生活が始まる。一昨年の夜を思い出すような寒さが懐かしい。このままずっと夜で、寒さで衰弱してもいい。それでも、吸い込む夜霧が愛おしい。そういえば、彼らの夢を見たときも思う。このままずっと夜でもいいのに、と。でもそんな訳にも行かないし、彼らもきっと、こんな台詞を言う私を「 なんかキモい 」と嗤うだろう。
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そういえば女好きの奴が親に家を追い出されてうちに泊まりにきたとき、ベッドで、神の形状についていきなり聞いてきて、「 また性器の話か? 」と言ったら「 球か点 」と返された。
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一昨年の夜、夜中の学校で「 お前が社長にでもなったら焼肉奢れ 」と怪力の奴に言われた。彼らの知る私でいるために、私は勉強をする。だから私はお前でも知ってる大学に入ってやるよ、なんて、頭の中で言ってみたりする。


(追記 2008/04/24)