ゴボウのルサンチマン

ゴボウは哀れに思われる。遺伝子操作によって生まれた最強便秘撲滅集団としか考えられないヒロイックなまでの繊維質。ボディービルダーの血と汗の結晶たる筋骨がオイルで美しく輝くように、地面を掘り進むことに特化したロング・アンド・マッスル・バディは泥でいつも黒褐色を帯びているのであるが、ボディービルダーが一般人に「気持ち悪い…」と虚仮にされるのと同じく、ゴボウは根菜界隈の中であまりにも異色を示しすぎてどうにも人気が無い。


まず根菜と言えば?ジャガイモなどのイモ類、及びユリネなどの澱粉質を多く含むものは加熱することで甘みやホクホクとした食感を引き出せる。また大根や人参、カブなども、生でシャキシャキとした歯ごたえを楽しむもよし、煮込んで柔らかくするもよしと中々オールマイティーな者が多い。マイナーなものであればボルシチの具として有名なビーツ。少々品種は違うが、近いものに甜菜がある。
それに比べてゴボウは?まず他の根菜と明らかに違うアクの強さ。既にサブカルチャーに倒錯する女子くらい絡み辛い。加え、それを乗り越えた後に受け来るは、茹でた時に充満する謎の臭気。あれは何なんだ。泥にまみれた男の風呂上りのようだ。美味しい予感がしない。それに飼料用作物としての使用も、常識的に考えて絶望的だ。
実際このような話がある。私たちは子どもの頃からゴボ天、ゴボウサラダ、ゴボウの金平などをよく食べるために特に抵抗無く美味しくいただけるのだが、第二次世界大戦後のBC級戦犯に係る裁判において、アメリカ人捕虜が収容所の食事に出されたゴボウについて「木の根を食べさせられた」と、虐待を受けたとして証言したという。無論、それで罰せられた陸軍中尉は当時虐待する気など毛頭無く、ただ健康的によろしい食事を考えてこしらえただけだ。初見では人の喰う物と認められない、このゴボウの悲劇よ。


聞こえるか、ゴボウの愁嘆が。感じるか、硬い身を削って掘り進んだ努力が、すっぽりと引き抜かれる落胆を。周囲の根菜がフレンチや中華へと華やかに転身する中、彼はゴボウサラダと言うファッションさえ旨く着こなせていない。何を着てもカッコいい彼ら。それを見てきたゴボウの性格は、劣等感と自尊心の混交によってかなり鬱屈しているのではないだろうか?ゴボウはニーチェを教えたら気に入るんじゃないか?ゴボウは椎名林檎とか聴いてるんじゃないか?尾崎豊はゴボウの代弁者だったのか?すれ違ったゴボウ達の声を振り返ることのなかったあの日、実は私たちがゴボウだったこともあったのではないか。少年少女が大人の階段を上るとき、心には静かに、ゴボイズムが硬い根を下ろしているのだ。