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風へ、音へ、光へ、漸近する少年

町が見下ろせるほどの小高いところ。並んだ棚田と、その向こうに家が見える。特売品のブラックのティーシャツは既に体から吹き出た汗のせいで塩化ナトリウムの薄化粧を施してある。僕たちの遊びはいつも決まって「せんた」だった。缶蹴りをもう少し理不尽にしたような遊び。足が速くないと勝てない遊び。
鬼が数を数え始めた。僕達は全力で隠れ場所を探して逃げる。小高いところから、何処に行くかは決まっていないけど、あいつについて行けば間違い無い。リズミカルに下り坂を蹴る足。蒸気機関のような息遣い。次第に着地がラフになる。しなやかな筋肉の愉快な弾みは、スコップを突き立てる動作のように強張ってゆく。180度の脚がジン、ジンと鈍く重く、地面に運ばれてゆく。体の振動に、ならず者の鼻水と涙が少しずつ顔を出す。
スピードが上がってゆく。ここで止まれば楽しくないが、転んでも楽しくない。あのときの僕達は一心不乱という言葉よりも下品に走り抜けた。考えることも、息をすることも、こんなに簡単に止められるのに、走ることだけは止められない。


そんな夢を見た。


「できないこと」を想像もしなかった僕らは、自分に相応しい振る舞いというものを学習しなかった。その中で徐々に、上手に働く身体を獲得した。代わりに失ったものは、あまりにも自由に動き過ぎる自分であった。