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例の空女祭り

東京上空の大気を掻く軽飛行機が、七人の老女を運んでいく。全員がネットで知り合った仲であって、「リコリス」のメンバーである。
リコリスとは彼岸花であった。地を衝いた人間の血を表すという。


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実質高齢化率34%の現代、かつてケータイに依存した少女たちは淑女にもなれぬまま老いて、分かりやすい鬱積の手応えだけを確信した老婆と成り果てていた。その捌け口は人生の中でも繰り返してインターネットに求められたのだが、最終的に彼女らの死の様式もそこに求められるのは自然であった。「リコリス」はかくして生まれた、所謂「自殺サークル」である。


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「これは天空からの、生命を賭した芸術である」
リーダーの來夢(ライム)は「リコリスの誓」の前文を読み始めた。後ろのほうでは理沙が俯いたまま振れ幅5センチほどの軟弱な拍手を送っていたが、やはり風の音に殺されていた。理沙の前の席に座る真莉亜はケータイのSDカードの差込口をフーフーしている。


「・・・真に老いずにここに在る精神が、真に老いた人々に一輪のリコリスを添える。
2061年12月24日 リコリス代表 中村來夢」


そう読み終わると、機内に拍手が起こった。


「・・・じゃあみんなで記念撮影しましょに」
語尾にはバッチリ老いが認められる真莉亜がシートベルトを外して前にのこのこと進んできた。後ろのほうにいた者が同じように機体の前方に来る。
「そんじゃ撮るよ、3、2、1・・・」
・・・ケータイの画面にアンチエイジングの権化が七体表示されている。
真莉亜はショートカットキーでアプリを起動した。専用のペンで画面を叩く。かつてのプリクラにおけるデコレーションを再現したアプリだった。


「・・・なつかしーねー」
「なつかしいとか言わんときや!老けたの丸出しや」


響子がなかなか下品なイントネーションの関西弁で理沙を小突いた。


「あー、アタシの顔、もちょっと美白して」
「文字、なんて入れる?」
「・・・」
「・・・」


各々自分の写りを確認すると、抗いがたい老化を実感せざるを得なかった。そして、この懐古の儀式のあとの死も。




「今が楽しければ。」
そう思って過ごして来た毎日が、ヒラヒラと心に舞い落ちるうちに厚く重苦しい層となっているのに気づいた。いや、彼女たちは既に気づいていたのだ。ただし恐れていたのだ。若さと信じてきたものが、今度こそ自分の生を否定すること、そのことである。白いシルクの覆いを払うと、若さの正体は無知と怠惰と無関心であること、そのことである。
「こんなはずじゃ」と「やっぱりね」が互いを補って心を塞ぐ。
明りは無い。




いつしか絶望の運びを担うことになったセスナが寒空を切る。天気は変わることなく曇っている。


集合写真を提案した真莉亜は後ろの席に戻って泣いていた。他の女たちもずっと俯いていた。ただし來夢だけはしきりに地上を伺っていた。彼女らは新宿に身を投げる予定であった。來夢は自らの最期を彩る方法として、リコリスの全てを本意の内に作り上げたが、実のところ他のメンバーにとっては自殺の口実や死の共有による慰みのための集まりでしかなかった。適当に生きてきたツケが経済的な困窮となってきたために、ここらで死のうかと思い立った身寄りの無い人間が、リコリスの殆どであった。




「では」


來夢が口を開くと、セスナのドアも開いた。
七人はぞろぞろと、何も言わずドアに集まる。上空の温度と風に関節が凍る。
無表情、会話は無い。
七人は手を繋ぎ、立て続けに飛び降りた。ふらりと、自然な良いスタート。踏み切る瞬間、死の恐怖を感じた者は少なかった。だって現代っ子だもん。


自由落下するかつての少女が七人。
くるりくるり。ひらり。
もがいてはまた天と地を目に映す。


−−−


上空数百メートル、重力と踊り続ける來夢の髪は既に凍り付いていた。


「 歌でも歌いながら死のうか 」


來夢は唐突に思った。


「 何にしよう・・・ 」


「 新宿・・・ 」


「 あーだめだ歌詞が・・・ 」


「 なんだっけ・・・ あーサビの・・・ 」


「 ・・・あ 」




「 i 罠 B wiθ U〜! 」


來夢がそう歌ったのは刹那の記憶の内で、椎名林檎ヴォイスを出そうと声帯を力ませたときには既にコンクリートに打ち付けられて全身が破裂していた。ビシャリという音も所詮、骨の減った婆の死に音であった。


來夢の気管から血の転がる「ゴッポ」という歌が聞こえた。ダーリンはいない。