昏睡したあいつら

中学校が廃校になる。
私の母校である中学は現在私の妹が通っているのだが、既に閉校式と期末試験を済ませて年度を終えるのみとなった。四月からは移転された中学に通うことになり、あれはじきにもぬけの殻になる。取り壊されはしないものの、それが学校でもなんでもない無機物の固まりになるのはやはり寂しい。多少の愛着はある。


ただ、私が卒業した後はとっくに私の居場所など無くなっていたのであって、私にとっては過去のものとしての印象が強い。存在はするものの、「私の中学校」ではもはやないのだ。今更ふらりと立ち寄ったところで私を知る者などなく、レセプションに出席してくれるのは監視カメラと警報ブザーだけである。あと何十年かすれば、これを平気で「世知辛い」などと形容し始めるのだろう。ああいやだ。年寄り臭い。世相に合わせる学校側の都合もあるんだから、思い出はそっと胸にしまいこんでおくのが――あ、臭い。




私の地域では小学校も中学校も選択肢が無かった。一つずつ。だから小学一年から九年間、おまけに人数が40人もいなかったから、ずっと同じクラス、同じメンバーで過ごして来た。それゆえに他の学年に比べると、そこには確かに独特の一体感があったような気がする。いや、していた。途中で数人の転校や転入もあったがほぼ三十数名はずっと一緒にいたのだ。若い恋があり遊びがあり笑いがあり、見えぬところでは対立が起きては消えていたのだろうが、総じて見れば平和なクラスだった。性格も外見もバラバラで、他の学校の友達から見れば「キャラが異様に濃い」学校であったという。不良、と言えるものもいたにはいたが、特に誰かを脅かすほどの力を持った者はいなかった。私はそこが自由で居心地のいい場所だと思っていたし、みんなもそうだろうと勝手に思っていた。卒業し、不安を抱えながら地元の高校に進学した後も、未練がましく中学校のことを思い出しては余韻に浸っていた。


それから二年と少し経って、去年の夏だった、突然同窓会を開くことになった。高校三年の夏、それ以降は受験なり就職なり、みんな時間の余裕が無くなるだろう、だからこの時期に同窓会を開きます。そういう内容のメールが来た。うれしかった。もちろん出席した。


自転車で指定されたレストランに着く。自転車で何処かに行くときはついつい早く着いてしまう。私はコンクリートのブロックに座って待っていた。一人、二人と増えてゆく人の、その始めにいるのは化粧の炸裂する女子であった。田舎の中学校を出るとこうも変わるのか。どんどん増えてゆく旧友を見ると、やはり男子はあまり変化が無いが女子は凄かった。派手だった。見違えるというより、改造、羽化、処理、再構築、そういう言葉の方が先に浮かんだ。一番驚いたのは、かつて小鹿のようだった大人しい子が、高校を中退し妊娠、母親になっていたことだった。へえ、と気のない返事をしたが、人格は百八十度変われることを痛感した。
ある子は自分の進学先を誇らしげに話していた。ある子は就職先を、ある子はファッションを。他人を位置づけ自分を位置づけ、見えないものを殺し隠し晒し、私よりもはるかに器用に生きていた。みな自分の世界の中で、信じて止まない過激なゲームに身を投じていた。私の頭の中の、愛すべき平和なクラスはもうなくなっていた。


私には心地よかったあの世界は、九年をかけて蓄積した人間関係や校則やしがらみ、様々な抑圧やバランスで、なんとか緩衝されて均衡を保つ危うい場所だったのか。帰り際、闇の中友人と二人で話し合った。


「みんなやっと自分のやりたかったことができるようになっただけちゃう?俺らはもともと勝手に行動させてもらってただけで。」


妙に納得して、妙にがっかりした。


その晩私は眠ることができなかった。


それからというものの、小説や漫画を読むのに変な感情が付いて回るようになった。仲の良かった仲間や、普通の毎日が何かのきっかけで歪み始めて壊れてゆくような、そういうベタな展開が怖くなった。さらに言うと、最後まで主人公の世界が膨張を続け、幸せに終わる漫画などあまりにジャンプ的で、大半の漫画はそうではない、勾配の小さい悲劇をいくつも含んでいるものであり、ゆえにどんなフィクションを読んでも心から楽しめない状態が続いた。そしてそれは今も続いている。
しかし同時に、なぜかそういう作品を読むのを止められない。無くなってゆく世界にしがみつく主人公達に何を共感しているのか、自分でも分からない。私を苛んできたこの読後の憂鬱は、今でも理由が分からない。自分に共感を覚えているというのも一つの憶測に過ぎない。彼らの世界にまた平穏が訪れるような終わり方を密かに期待しながら読んでいるのかもしれないが、その一方で徐々に追い詰められてゆく人間の描写に、言いようもなく甘美な悦びがあるようにも思え、撹拌された動機に突き動かされてまた中毒のように空想の世界に足を踏み入れてしまう。