夢日記をつけてやろう

この数日の目覚めはまるで水飴の海から陸に這い上がるような心地だ。夢がやけにスリムで爽やかだから、どうも覚めた気がしない。時には寝汗を、時には激しい動悸を伴いながら、圧倒的に現実的で刺激的で、それでも状況を理解するのが驚くほど簡単なあの場所が、実に鮮明な記憶となって魅了する。そのせいか以前の硬い膜が割れるような目覚めは、いまや足をもがれた昆虫のように「動こうとする」だけだ。実は目が覚めるのは偶然で、もしかするとこのままあっちに行ったまま帰ってこないようのではないかという恐怖が生まれるほど、鮮明に記憶に残るようになっているのだ。それは日に日に悪化し、夜のうちに見た三つほどの夢が翌朝全て細部まで語ることができるという状態が三日続いている。それらは一日経つ頃には忘れてしまうのだが、とりあえず今日見た夢は次の三つだ。


一つは、ダウンタウンとトライアスロンで勝負をする夢。前方に人が居る場合は、「私はアリストテレスの生まれ変わりだ」と叫ぶとよい。
二つは、股間を鹿の剥製で隠しながら街を歩く夢。ここではなぜか人々は半裸の私ではなく剥製にしか目を向けない。そしてこどもたちは私を殺そうとする。
三つは、見知らぬ街で出会った人間不信のとある少女(現実に逢ったことはない顔であった)のために、私が毎晩一つの小説を書いて見せてあげる夢であった。なかなか良い出来の小説であったように感じた。


最後の夢から覚めたとき、私はとても穏やかで優しい気持ちであった。
夢日記をつけると、明晰夢が見られるようになると聞いた。あるいは都市伝説の類を引き出せば、夢の世界から戻れなくなるともいう。あるいはこの現実がカメムシの夢であったところで、それを受け入れるのもまた楽しいであろう。とにかく自分の体験が自分ではない誰かに預けられることは格別の楽しさと恐怖であり、これを活かすのは今であろうと感じた。早速ベッドの横にノートを置く。今まで生を受けることのなかった何者かの声に耳を傾けて、敬意をもって弄ぶ準備ができた。