平成生まれの性がどのように開花していったか 〜おちんちん暗黒時代編〜

〜前回までのあらすじ〜
田舎のテーマパークに置いてある送風式のくじ引きに手を突っ込むようにして記憶の中から初恋の甘酸っぱい味を探り当てようとしたが、無いので、「これ、もっとクエン酸入れたらどうっすか?」なるほどしかし記憶を捏造するわけにもゆかないので手当たり次第に探したところ犬も歩けば肉棒に当たる。保育士の膝の上で勃起、昼寝をしてはおねしょ、幼馴染の家のセーラームーンのステッカーで勃起、遠足で失禁。幼い頃から節操も無く股間はオープンソースで七綻び八起きを繰り返していた私は小学生のある日、誤って(本当に誤って)Yahoo!のアダルトカテゴリを開いてしまう・・・
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ここからいよいよ私の本当に恥ずかしい性の軌跡を綴っていくわけだが、ひとつ重要なことを言い忘れていた。私が様々なジャンルのアダルトサイトを閲覧して行くパソコンだが、これはリビングにあった家族共用のパソコンであった。そして驚くべきことに小学四年ごろまでは、家族の目を気にしながらといえども家族がリビングにいる時にもアダルトサイトを見ていた。こればかりは今思い返しても狂っていたとしか思えないし、若気の至りなどでは済まされないリスクマネジメント能力の欠落にただただ呆れるばかりである。
さて、当時Yahoo!からアクセスできたアダルトサイトといっても非常に粗末なもので、小麦色よりは若干不健康な色調で撮影されたサルでも分かる昭和臭ムンムンのポルノ写真や、藤原紀香の盗撮写真と銘打っていても実際は「視力0.001の男が見たちくわ」と言われても納得のモザイク大盛りおかわり自由画像なんかで溢れていて、正直あまり見ても意味が分からなかった。またアダルトサイトは決まって背景が黒、ホームページビルダーで作ったような極彩色の粗いロゴ、よせばいいのに左右に飛び回る赤字フォントなどなど見所満載で、こればかりは一目で判別されてしまうと思い、家族の前ではあまりアダルトサイトにはアクセスしなくなった。
だが私がそこで探求を止めるわけは無く――当時はまだ性的な知識も少なく自慰行為も行わなかったので、知的好奇心によるものが大きい――次に見つけたのは18禁のイラストサイトだった。しかし私の記憶にはまたぐらを広げ悦楽に顔を歪めるような少女を見た覚えは無く、恐らく15禁程度のヌードイラストばかりを見ていたような気がする。せめて胸部を必死に隠し恥らう少女がいた程度だ。その中には関節を切断されたアンドロイド様の少女がいたような覚えもあるので、当時から人類の曲がりくねったイマジネーションが二次元にうまく流し込まれていたことを痛感する。
当時、自分の気に入ったサイトを見つける方法はリンクを辿ること、これに尽きた。ポケモン関連のサイトはポケモン関連のサイトに繋がっているし、折り紙関連のサイトは折り紙関連のサイトに繋がっている。それらは樹の枝のように張り巡らされ、細い枝の先にも鮮やかな花や豊かな実りを見ることが出来た。私はネットを使うことで初めて、自ら求め知ることの楽しさを知ったわけだが、この度も毎度おなじみのリンク全開きを行う。
たいていの場合、イラストサイトはリンクの樹を末端に進んでいくうちにどんどん陰鬱な絵になっていった覚えがある。あるいは難解なポエムが極小フォントで添えられるようになる、線が細くなってぼかしが多用される。今になって思えば少女マンガの絵に独自のオタク香料を数滴加えたような絵だったが、それでも当時の私にとっては衝撃だったし、淡い色の肌を露出する少女たちに興奮した。私は家族の目を警戒しながら*1数珠繋ぎの要領で成人向けイラストをむさぼるように見た。そしてその中で、ひとつのサイトにめぐり合う。現在もサービスが継続されているクリエイターの総合情報サイト、「TINAMI」である。これが私のセクシャル・ラビリンスとなってしまうのだが、これ以降の話は次回にしたいと思う。


次回 「平成生まれの性がどのように開花していったか 〜ショタと触手と時々小説編〜」をお楽しみに!

*1:多分何回かは見られてたと思う