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震える湖

君はこれからの人生で「転覆」することはあるだろうか。社会的にではなくてだ、君の身体が、君がどかりと乗っている何かから、不幸の運動と重力の腕にからめとられて縦横に損なわれるような、そんなことを言っている。仮にあなたがトラックの運転手だったとして、まあせいぜい横転することはあってもだ、転覆はない。電車だろうがバスだろうが、天地をひっくり返されることはまずないだろう。普通転覆するものといったら、舟くらいだ。
舟は見事に転覆する。一息数える前には風を切っていた頭が、一瞬でまるごと水の中へ突っ込む。逆転した重力と切り刻まれた光の中で、体はとっさに転覆した舟を探す。足が着かないから舟に掴まるしかないのだが、それでもなかなか怖いものだ。広い水の上に肩から上だけ出ているにせよ、そのうちまた得体の知れない力が自分を水のそこへ叩き込むんじゃないか、と。
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少し前に所属する部の企画で琵琶湖を舟で周航することになった。
乗るのは四人乗りの舟。桑野造船社製のレクリエーション向けボートで、初心者にもそれなりに漕げる代物だ。バランスは極めてよく、足まで浸水しても沈没することはない。それを五杯、男女合わせて三十数名で回して漕ぎ、琵琶湖岸の名所を三日かけて回る。
日陰の消えた炎天下の元、水面を跳ねる太陽光による灼熱と火傷に苦しみながら、合計数十キロを漕ぐことは容易でない。帽子と衣服で肌を隠し、腕、足、首に日焼け止めを塗る。初対面の男女が交わすような実のない会話や、誰でも知っているような歌で意識を欺きながら、漕ぐ。漕ぐことはできる。しかしUVは一向にカットされないし、湿度と気温は日が昇った瞬間からむごい。皮膚のまだ下の肉の辺りに熱した砂利を敷かれたような異質な日焼けを、気化冷却を投げ出した大量の汗を、無心にオールを水面に打ち込むことでかろうじて忘れる。その繰り返しであった。


一日目。上に書いたようなことをひたすらこなし、昼過ぎに近江舞子へ到着。金色に染めた髪が海水で痛んで藁のようになった男たちが水着の女性を連れているのがよく見える。近江舞子の砂浜はそういう場所だ。家族連れよりもカップルが多い。そこでひとしきり湖水浴、チーム対抗のかき氷早食い大会、騎馬戦を楽しむ。かき氷早食いでは食道が麻痺するほど活躍したのだが、その後しばらく鋭い知覚過敏の痛みに苦しみ、騎馬戦での女の柔肌の感覚を忘れる。夕食はバーベキューだったが、知覚過敏が残っており全く食べれず、あっけなく一日目は終了。


二日目。朝から雲一つない地獄日和。昼過ぎに長命寺へ到着。精進料理が出るかと思ったが肉と揚げ物が出て困惑する。夜は女子マネージャーとペアを組んで肝試し。弾まぬ会話、慄かぬ心、私の腕に置かれた彼女の小さな手には汗がびっしりと掻かれていたが、物語る恐怖の先は闇か私か両方か。そのまま元気の湧くお水を飲みながら夜を更かし、二日目が終了した。


三日目。出艇の時刻には既に日の出の時間を過ぎていたのだが、雲が出ていて日は無かった。ゆるく風も吹いている。涼しい。一同は喜んだ。
快く水をつかむオール、痛みなく火照りなく動く身体。最終日は調子よく終わりそうだ。私はそう思った。
しかし午前七時を迎えようとした頃だったか、雲が次第に厚みを帯び始め、雨風が腕に感じられるようになって来た。それと同時に、波が高くなってゆく。我々の舟に同乗していた監督が、他の四艇に指示を出す。次に舟を揚げる浜まで急げ。オールに力を加えれば加えるほど舟は早く進むが、私の未熟な漕ぎに水はより強く何かを主張した。腕が力む。焦っている。何に?


どこかで大気を手繰り寄せている低気圧は、先ほどよりも貪欲になった。体に当たった風は高音を発し、空は既に黒く、殴りつけるような雨は前日まで焼けていた腕を髄まで冷やしていた。最も近い岸は視界の端。真下には舟、その真下にはどこまでも水。水の下には黒が染み込んでいる。朝には水の底から伸びた腕が指でつついた程度だった波が、湖底から真上に殴りこんだように高く、大きくなっていた。あんなに安定していた舟が次第にゆれ始める。それでも臆することは無かった。浸水しても沈没はしない。タオルとスポンジで十分排水は可能だ。舟は揺れているが、今まで習ったようにしっかりオールを水に入れて舟を進ませればよい。それでも心臓は独り何かを察したように激しく鳴った。
やがて波は大きな白波になった。舟のゆれは、もう正常に漕げないほどになっていた。オールを打ち込む水自体が忙しく歪んでいるのだ、地面がたちどころに煙になったかと思えば、次はむりむりと岩がせりあがるような道で走るのと同じだ。全身の筋肉でしなやかにバランスを取っているつもりでも、お手玉のように上半身を揺らされる。オールを正しく動かしているつもりでも、水がオールを奪っては放し、舟と調和することを拒む。舟は波で傾き、後を追ってきた波が舟に乗り込んでくる。また揺られ、波が足をすすぐ。椀につゆをよそうのと同じように、荒れた気象はてきぱきと浸水を済ませようとする。我々になす術は無い。とにかく機を逃さずがむしゃらに舟を進ませるしかない。


ふと予感する、我々の「全力」の、あまりの無力さ。自由に動くことさえ許されない。願うより先に体を動かさねば敗れる。敗れると、死ぬ。大袈裟かもしれないが、考えることを捨ててまで全身を動かしているその目的は、明らかに「生還」なのだ。
今考えれば、浜の見えないまま険しい顔で漕ぎ続ける四人のあまりに空しいこと!自然の驚異?畏敬?そんなことを言うのは安全な場所を動かぬ誰かだ。我々は対峙すらしていなかった。敬うだけの脳味噌が残されていなかった。あのクソでかい湖は命を呼吸している。命を吸い込んでまたどこかに吐き出しているのだ。逃げるしかないだろう・・・ そんなもん・・・


クリアな意識が私のもとに帰ってきたのは、浜から部員が手を振るのが見えたときだった。人生で最も安堵した瞬間だった。ブイを越えて湖水浴場に入り、舟を揚げる。息をついてしゃがみこむ。当然だがその日の浜には全く客は見えなかった。
本来ならばその後合宿所まで漕いで帰るはずだったが、監督の判断で急遽中止となった。驚きはしなかった。
思考を止め、松の木の下でぼーっと立ち尽くしていると、友人がポカリスエットを私に差し出した。口に含み、ゆっくりと流し込む。すると何ともいえない充足感が全身にめぐった。私は遥か遠くの大塚製薬に一通りの感謝をした。