情報死者たちのダンス

sengoku38というアカウントから尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件に関する映像が投稿され、一時ネットは騒然となった。情報のリークがマスメディアによるものからインターネットへの投稿によるものとなったことで、多くの国民が日本のジャーナリズムの大きな変革を感じずにはいられなかった。


一躍愛国者にとっての英雄となったsengoku38には当然共感するものやその名に便乗する者が多く現れた。youtubeのアカウントのうち、「sengoku0」から「sengoku37」までの空いているアカウントは短期間のうちにsengoku38に影響を受けた者者によって取得された。ちなみにほとんどのアカウントは削除された元動画の再アップロードのために使用されている。


twitterでもsengoku38を騙る者が現れたが、直ぐに偽者であると断定された。
twitterで影響の大きかったものは他にもある。
「ぶつかったー」というジョークツールで、登録すると映像内で乗組員が発していた発言を登録者に投稿させるというものだった。内容は、


「来るぞ!来るぞ!」
「という風に@***君、ナレーション入れながら撮影すると後で非常にわかりやすくなります」
「〇四:〇〇、@***はァ、本船巡視船みずきにィ、接触してきたァ!」


といったもので、憂国の思に駈られたユーザーから話題に便乗するユーザーまで広く人気を集め、登録数は20000人を上回った。


sengoku38は瞬く間にネットで最も熱いコンテンツの一部になった。


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事態が急転したのは11月26日。


youtubeの「sengoku76」「sengoku34」「sengoku003」――どれも騒動に便乗して出来上がったと思われていたアカウントの一つであるが――これらのアカウントから尖閣沖の衝突事故に関する未編集の映像、正確にはそれらの最初の十数分が投稿された。当然ながらこれはsengoku38が投稿したものとは異なる、未だに政府の管理下にあった映像である。既に流出していた映像に加え、中国側および日本側に不利に働くような証拠は写っていなかったものの、先の事件で情報統制の不備を国内外から指摘されていた政府にはこれが追い討ちとなった。


悲劇と喜劇はここで走り止まなかった。
今回youtubeに投稿された映像は未編集映像の一部。そしてその全てを納めたファイルは、投稿者がP2Pソフトのtorrentファイルとして配布するとしてコメントにアドレスを添えてあったのだが、これを開いた警視庁のPCが組み込まれていたウイルスに感染し、様々な捜査情報が流出する。映像と捜査情報二つのリークが立て続けに起こり、前代未聞の「祭り」になった。


ちょうどその三時間後、事件は更に連鎖した。
突然流出した捜査情報が分割されてtwitter上に配布された。しかもこれは同時に数十ものアカウントから投稿された。
これを主導したのはtwitter上の単なるジョークツールと思われていた「ぶつかったー」であった。ぶつかったーはTorrentのネットワーク上に流出した情報を取得、分割後にランダムに選んだぶつかったー利用者のアカウントからOAuth認証を利用して投稿。その内一つのファイルにウイルスを紛れ込ませ、それらのポストを他の利用者に自動でリツイートさせた。感染者は指数関数的に増えた。
いわばsengoku38の「消費者」、外交問題の輪の外側から、sengoku38の虚像を弄んでいたネット住民は突然その事件の当事者となり、同時に被害者になった。


こうして日本におけるtwitterが完全に汚染された後、twitterと連携を取っていたサービスは一時的に完全に停止を余儀なくされた。流出情報の確保に余念の無い下衆たちはここぞとばかりにtwitterに流入し、その多くが「戦死」した。尖閣問題に関するあらゆるファイルは危険なものになり誰もが不審がって確認しなくなった。結果、逆に多くのデマが流され、そして受け入れられた。情報強者と情報弱者は和合し、愛国心は裏返って沼と化した。