自殺はやめてくれ

なんか小学六年生の女の子が自殺したとかで話題になってます。
この世の不条理(都条例)に悩んだ小学六年生の少女が出した結論 - Togetter
まあ嘘だと思いますけど。
まだこれを読んでません。ウインドウ開いて、そのまま閉じただけなので一行くらいです。
俺は俺の神聖なオナニーを侵す表現規制に反対ですし、人が死ぬのはたとえ死刑囚でもよくないことだと思ってます。仕方がないことでも、人が死ぬのはよくない。だけど今日俺が言いたいのはそんなことじゃない。
仮にこれが本当だったとしてだ。
馬鹿が死んでもその馬鹿が偉くなるわけじゃない。
「小学六年生の女の子が自殺した」という情報がツイッターで流れてきたときはドキッとしたんだけど、その理由が「青少年育成条例改正案が可決したから」だって聞いたときは、ちょっと面白かった。嘘だと確信したし、むかついた。青少年育成条例改正案が適用された世の中で生きるほうが死ぬよりも辛いなんて、もしそんなことを本気で考える人間がいるなら俺はその貧しい想像力に吐き気を催す。そんな奴の書いたものなんて読む気になれない。だから「自殺するぞ」と脅して書いたところでそんな奴の言葉は藻以下だし、そんな理由の自殺はやめて欲しい。この「やめて欲しい」ってのは生きて欲しいから言うんじゃなくて、例えば「納豆とアップルパイを混ぜて食うのはやめて欲しい」と同じ意味の「やめて欲しい」だ。
画面の向こうであっても人の死は悲しむべきことだ。だけど「悲しむべきことだ」と頭では分かっているだけで、正直興味がないです。鬼だ人でなしだ言われても構いませんが、俺はあんたの死には基本的に興味がないです。だから「青少年育成条例改正案の可決を苦に自殺した女の子のつぶやきです」との前置きがあった時点で、彼女の死の悲しみを受け止められたなら悲劇なんでしょうけど、俺にとっては三流の喜劇としか思えないです。東海道中膝栗毛は何年経とうが恋空にはならないわけで、まあどうでもいいですけど、この女の子は死んだところで馬鹿のままです。生き延びて書き続けたほうがよっぽど面白いことを書けたんじゃないか。