破り捨てる文化

部活でのコーチやOBとのやりとりや、バイト先でのやりとりの中で、小さいカルチャーショックを受けたことがある。
「不要な紙をすぐに破く」ということを、社会人は結構頻繁にするのだが、学生だとあまり熱心に破こうとしない。丸めて棄てるとか、そういう風であって、破くまでに至らない。

「この請求書はもういらないよね?」といっては破き、「ああごめん、これは間違って出したやつ」といっては破き、その思い切りに私は毎回驚いてしまう。しかしいざ学校生活になると、紙をビリビリ破く人はあまりいない。

社会には「不都合な紙」が存在する。本来ならば丁重に扱うべきであるがゆえに、残ると厄介で人を惑わせる紙。ペンで仰々しいマークを書いたり保管場所を替えたりする程度では消えない幻影を、魔女を処刑するように破く。それに比べると、高校や大学ではそんな紙は存在しない。渡された紙はとりあえずバインダーなどに保管し、いざというときに取り出せるようにする。レジュメや講義ノートの価値は、時に売買が成立するほど。情報こそ命で、それが記されている紙はあればあるほどいいものなのだ。

「紙」の保管方法一つにもモラトリアム的な性格が浮き彫りになっているのだろうか(思わせぶりなトピックの巴投げ)