心がヒリヒリするような話

むかし母の友人の自宅で何度か食事会に招かれたのを思い出す。


太め、かなり太めの女性で、会社のパート社員の女性を集めてよく食事会を開いていた。私も母に連れられて何度かその食事会に行った。そのときに食べた春巻きを私が気に入ったので、そのレシピは今でも実家で重宝されている。
料理は量が多くて非常に美味しかった。春巻き以外の料理を、今となっては思い出すことが出来ないのだが、楽で早くて旨い、をモットーにしていたように思う。材料代はどうしていたのだろうか。参加者から少しずつ徴収していたのだろうか。まあそのあたりはここではどうでもいい。


食事会が終わるとその女性は使用した鍋をとりだし、機能性をアピールして参加者に販売していた。当時小学二か三年ほどの私には、気の利いたおばさんという風にしか見えなかった。ボディーソープなんかも売っていたように思う。


昨日その光景を思い出しながら、それは悪い夢に飛びこんでいくようであったが、彼女がしきりに薦めた日用品のメーカーがアムウェイだったことを思い出した。アムウェイというと、日用品を扱うマルチ商法で有名な企業の、あのアムウェイである。当時は知らなかったが、今なら「あのアムウェイ」といわれればピンと来るし、当時の記憶にも「ピンと来た」わけだ。望まずして。


母は鍋こそ買わなかったが、手ぶらで帰る罪悪感からかいつもボディーソープを一つ買って帰っていた。彼女がアムウェイの販売員となっていたのかどうかも、正確には知りようがないがおそらくそうなのであろう。そしてこれも推測だが、母はアムウェイマルチ商法の会社であることを知っていたように思う。知りながら、それを糾弾することもなくしかし貢献することもなく、料理を食べおしゃべりをし少しの警戒を抱えながら食事会に参加していたのかもしれない。


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これはマルチにかかった愚か者の話か、それとも見透かしながらただただ舌鼓を打った母の話か。そういうものではないように思うが、アムウェイのことを思い出したというだけで、あの光景はもはや「楽しい思い出」ではありえなくなってしまった。しかしそれは何故だろうか。考え出すと、それもよく分からないものだ。


実は私はこういう話が大好きだ。喜劇とも悲劇とも言えない。誰が悪いのかも分からず、誰を責めるべきでもなく、いまさら救いようがなくて、ただただ後味が悪い。


三陸の津波後に建てられる石碑類について、NHKの2006年番組から聞き書き PE2HO


津波のあと、「ここより下に家を建てるな」と書かれた石碑が建つ。始めはそれに従うが、漁業に係る不便からやがて人は海へ降りてゆく。そして流される。この話で悪いのは誰か。


おそらく誰かが悪い。そして私は誰が悪いのか分かっている。しかし「お前が悪い」となじる勇気はない。この話にはある種の滑稽さもある。それは「流されてしまいましたとさ、ちゃんちゃん」と終わらせてしまえるような勢いの話だ。しかし私に笑い声を上げる勇気はない。


聞いた人間読んだ人間まで罪深いかのようなこの感覚は、戦争の話になると最も顕著だ。私はいろんな国の戦争の話が大好きだ。数多の人の愚かさと悪意でとんでもないことになる。これは悲劇的で罪深いが同時に良質なコントのような味わいがある。


日常の中で問題が起きると、通常ある時点で誰かが誰かに「お前が悪い」と宣告する必要に迫られる。誰もが感じているはずのモヤモヤを収束させてみんなが安心する、その責任を負うための装置と罪の記法がいつも必要になる。だがごく稀に、どこにも収束できないモヤモヤが残ってしまうような問題があって、それが上に上げたような私の娯楽になっている。