理想気体

部屋に案内されたとき、そこに充満しているのが本当に空気なのか疑うことはよいことだ。


近所のお気に入りの古着屋のバイトに応募し面接に来たはいいが、格好ばかりついて狭苦しい部屋に入れられて10分ほど、ようやく出てきたのは童顔の男で、やっと面接が始まった。


他愛もない世間話からはじまり緊張をほぐそうとしているのだろうが、私は目の前で私を審査するこの男が中学生ほどの年齢しかないように思えてきた。なぜならこの部屋にはクリプトンガスのような比重の大きな気体が注がれていて、声変わりを済ませた青年を装っているだけということは十分に考えられるからだ。私の声は変わっていなくて当然、骨伝導やらなんやで自分の声などどうとでも聞こえる。こいつは大人をなめてる。ああ、胸にデカデカと貼り付けられたTOMMYの刺繍をたまたま持っていたアクリルニッパーで引きちぎってやりたい。


「じゃあ、来月から来てもらえますかね」
「いや、待ってくれ」


中学生が立ち上がると私もすくと立ち上がり、かばんから素早くアクリルニッパーを取り出すと刺繍めがけてブッ刺した。


「うわっ、あぶね!どしたんすか急に、危ないですって!」
「刺繍が無性にほしくなったんだよ!」
「ちょ、いやいや、乳首いくって!危ない危ない!」
「うっじゃ!うっじゃ!お前の声はなんだ!本当の声を聞かせろ!」


偽りの声で欺き続けるションベン垂れに我慢ならなくなって私は奴の胸倉を掴んだ。


「色が違う!お前の声はどこだ!出せ!きゅ、空調!空調!空気を全部入れ替えてから話をしろ、え!」
「わかった!わかりましたから!とりあえず放して!」


奴の首から手を放すと、部屋の窓(枯れ枝のオブジェに隠れて見えなかった)を開け、室外から持ってきた扇風機で換気を促した。


「これでどうですか」


ガキの声がクリス・ペプラーのような低い声に変わった。


「あなたの言うとおり、ヘリウムを充満させて遊んでいたのは謝ります」


・・・


「うっじゃ!うっじゃ!うっじゃ!」