あいさつの理法

私は挨拶はなるべくするようにしているし人には親切にしたいと思うけれども、その動機を突き詰めればそれは「人情」とか「道徳」とかのようなものではない。理由は、日本の中の現在私が所属する社会において、そういう生き方がある程度合理的であるからに他ならない。人に親切にすれば信用されるしリターンも期待できるからする。日本では人に突っかかって難癖つけたり暴力で奪い取るような生き様はリスクが高くてとてもじゃないがやってられないから、私はやらない。ただそれだけだと思う。


世紀末を髣髴とさせるような治安の悪い地域で暮らしていれば、たぶん私は体を鍛えサーベルと銃を携帯して観光客を襲うような生き方を選択する気がする。だってにこやかに挨拶をして人とモノをシェアして、なんてことをやること自体がリスクが高いからだ。目をつけられたらとんでもない。


だから別に文化水準とか教育水準が低いから、馬鹿だから野蛮になるんじゃなくて、野蛮には野蛮の合理性があるから人は野蛮になるのだろうと思う。その意味では教育は、何が合理的な生き方か、を「変える」ものであって、もともと何も無いところに植えつけるようなものではないと思う。