なきがらの塔

かつて通っていた小学校には大きなシイの樹があったのだが、少し前に伐採されてしまった。




小学校の隣には老夫婦が住む一軒家があった。小学校の庭に植わっていたシイの巨木は、ちょうど老夫婦の家の南側に立ち、家屋の全体を覆い隠していた。このことでしばしば学校には老夫婦の夫が文句を言いにやってきていて、時にはチェーンソーを持って校庭に乗込んできたこともあったらしい。
それだけなら子供たちの憩いの場を奪う十分な理由にはならなかったのだが、ここ数年シイの樹の内部が虫害による空洞化で倒壊の恐れがあると分かり、学校側がいよいよ伐採を決めることとなった。




伐採は滞りなく進み、老夫婦の家には陽が刺し込まれた。
地元で墓石屋を継いだ友人が、ミクシィで伐採後の様子を写真で見せてくれた。昔ぶら下がって遊んでいたとは思えぬほど中が食い荒らされて虚ろになり、トラックに横たわった切り口はまるで焼肉のホルモンみたくクタクタに見えた。




大学が休みに入ったので実家に帰省していると、地元の友人Nから電話が入り、小学校で花火をしないかと言う。男二人で花火をするのは何の罰だと訊くと、他にももう二人呼ぶらしい。一人は服飾の専門学校に進んだHで、もう一人は既に結婚して母になったKである。かつてNはKに片思いをしていたが、高校に進んですぐにKは遠い土地の大学生とできちゃった結婚を果たした。




午後七時に校門前に集合。言い出しっぺのNが10分ほど遅れて到着し、Kは子供を連れてきた。Kの子供は花火の詰まった大きな袋を嬉しそうに手一杯に抱えている。八月も半ば、電灯もまばらなこの土地では、既に手相が潰れて見えるほど暗い。
ロウソクに火をともし、花火が始まる。花火が尽きるまで、私達はずっと花火をした。思い出を溶かすように一心不乱に火を点けた。時折「おお」とか「くせえ」という声が聞こえるだけで基本的には無言、途中Kの子供がうんこ花火に本気で驚いたのをみんなで大笑いした以外、ただただ花火を燃した。
残る花火が線香花火だけになって、Kの子供(なぜかみんな名前を知らなかったし、訊かなかった)がつまらなさそうにどこかへ行くと、ようやくNが口を開いた。




「でかい樹の裏にあった家さぁ」


「うん」


「なんか爺さんが時々文句言いに来てたらしいんやけど、婆さんがリウマチ?かヘルニア?かなんかで寝たきりやったらしい」


「ほーん」


「婆さんが陽が当たらないのを嫌がってて、それでムキになって抗議してたらしいんやけど、先月その婆さん、死んだらしい」




それからみんな黙り込んでしまった。当時は小学生でただただ遊んでいただけで何も悪くないはずなのに、妙な罪悪感めいたもので胸が窮屈になった。シイの樹も、爺さんの恨みも、婆さんの命も、行き場を失ったまま消えて私達になすりつけられているようだった。あるいは昔のNの恋心も、Kの子供の派手な花火が無い無念も全部抱えながら、線香花火と昔話をじりじり消耗した。




「あそこに誰かいるよ」


遠くにいたKの子供が急に大きい声を出して指を差す。暗くて見えにくいが、伐られたシイの樹の切り株に誰かが座っているような影が見える。私達は怖いもの見たさと、樹を懐かしむ旧友の姿を期待してその影に近づいてゆく。
十メートルほど先まで近づいて、どうやらそれが人影ではないことに気付く。成人男性が座り込んだ程の大きさではあるが、その実高さ50センチほどの錐状の影がもぞもぞと動いている。もうこの頃には肝試しのような気分だけ残っていて、それが人に見えている人間は誰もいなかった。


蠢く山を携帯のライトで照らしてみると、動いていたのは無数のセミの幼虫であった。


あの大きなシイの樹があったところである、恐らくセミにとって格好の産卵場所であったのだろう。羽化の場所を求めて樹を登ろうとする無数のセミの幼虫が、重なり踏みあい落としあい、川底から湧く水のようにうねっている。Kは女性らしい悲鳴を上げたが、男三人はただただ息を呑んで体をこわばらせた。
ライトを近づけてさらに凝視すると(私はこうすることにあまり抵抗がなかった)動いている幼虫は山の外側だけで、中の方にいる幼虫は動いていない、つまり死んでいるようであった。
セミの幼虫はどこでも好きな時に羽化できるわけではなくて、適切な高度でほぼ垂直にぶら下がれる場所がないと脱皮に取りかかれない。そういうことをむかし自由研究で――たしかこの樹の根元で採った幼虫を使って――調べたことがあったから、この山を登ろうとする幼虫たちが迎える顛末は想像がついた。踏ん張れる場所が見当たらないまま、じきに衰弱して、立ち上る朝陽に焼かれて、そのまま死ぬ。中の方で動かなくなっている幼虫たちは恐らく、この夏に先陣を切って死んでいった奴らなのだろう。


私達は静かにその場を去って、コンビニに寄ってから解散した。




次の日の夕方、私は再び学校を訪れた。昨日の出来事は気味の悪いことだったけれど、冷静になって考えると、このまま毎晩死んでゆくセミたちがかわいそうになった。適当な長さの枝を四本拾ってきて、それにモールをらせん状に括りつけた台木を作った。これを切株の周りに挿せば、セミが羽化できる場所になるだろう。
昨日のセミの山は、陽の下で見ると余計にグロテスクだった。死んだ幼虫は抜け殻のような飴色ではなく、中に閉じ込められた体がどす黒く変色している。加えてここぞとばかりに蟻がたかって、テレビの砂嵐みたいに模様を形づくっている。蟻と、あとは鳥か何かについばまれたのだろう、積み上がった亡骸は昨日より少し背が低くなっていた。


よく見ると、山のてっぺんから木片の様なものが突き出ているのに気付いた。私は強烈な予感に襲われて、恐る恐る木片に触れた。揺すってみるとグラグラしている。手ごたえと手触りから、切り株から生えた枝ではなくて挿しこまれた材木や板の様なものだとわかる。
私は深呼吸をしてから、一息に棒状のものをずるっと引き抜いて、地面に放り投げた。


しがみ付いた幼虫をスコップで払いのけ、赤黒い腐液の染みの合間に目を凝らす。



それは手作りの、あちこちがささくれ立った卒塔婆であった。