読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自己実現する狂疾

――村田氏は独自の方法で現在の哲学を身に付けたとのことですが。
そうですね、ちょうど10年か11年くらい前だと思うんですけれども、当時勤めていた会社が、まあコンサル系の会社だったんですけども、本当にうまくいかなくて自殺も考えていたんです。でも死ぬのはやっぱり怖いと。で、どうにかして今の苦しみから逃れようとして、ノイローゼなり麻薬中毒なりで、発狂してしまおうと考えたんですね。


――発狂?
そうです。もう自我というんですか、四六時中茫然自失としていれば、もう誰も私を咎めないだろうと。


――具体的にどんなことを?
いわゆる都市伝説の類で、「鏡に向かって『お前は誰だ』と問い続けると、自分が誰なのか分からなくなって発狂する」というのがあるんです。もうひとつ「夢日記をつけていくと、現実と夢の境界がなくなって発狂する」というのもある。


――聞いたことがありますね。試したことはないですが。
それで両方やったら、どっちかは効くだろうと(笑)。実際、本当にそうなるかも、という恐怖があるから都市伝説として生き残っている訳ですから、まあ興味本位でやってみて、効かなかったら効かなかったで今度はプライベートのストレスでじきに発狂するだろうと、それぐらい辛い時期でしたから、ダメ元でやってみたんですね。


――どうなったんですか。
初めのうちは何ともなかったんですね。人間辛い状況でも悪夢なりなんなり夢は見ますし、うなされて夜中に起きることも多かったので、そのたびに枕元のノートに書き込んでいました。「早く狂うぞー!」って(笑)。寝る前に鏡に問いかけるのも、最初はやっぱり怖かったですよ。鏡ってのはやっぱりどこの文化圏でも怪談のネタになりますからね、自分と同じものが向こう側にいてそれに話しかける、これはどうも本能的に怖いんでしょう。


そのうち、鏡に語りかけるほうについては何の異常もないんですが、夢のほう、こっちがちょっとずつおかしくなってきました。夢に自分がいるのは変わらないんですが、視点は自分ではないんですね。例えば上司が自分を叱っているのだけど、視点は私ではなくて上司のほうだったりする。おかしくなりはじめた頃は意識は自分で視点だけ他人、という感じだったんですが、段々意識まで他人になってきて、もう自分は夢の中では「眺められるがまま」というんですか、いわばそういう感じになっていきました。


――そのまま発狂してしまったのですか。
いえ、確かに他人の夢を見始めてから、どんどん感覚も現実っぽくなって、夢も現実も変わらないというところの一歩手前まで行ったんですが、夢っていうのは覚めますから、他人と自分を行ったり来たりするわけです。そうすると自分の半分は現実の側で、一番出現頻度の高い人格がもともとの、現実の人格だってのが嫌でも分かりますから、結果的にいえば自分を見失わなくなってしまったんですね。

そういえば、鏡のほうでもちょっとおかしいことがあったんですよ。ある日夢というか幻覚というか、幽体離脱みたいなものを経験しまして。自分がフラフラと洗面台に向かっていくのを空中から眺めるような幻覚を見たんです。歩いてる自分はパジャマ姿でしたから、ああこれから鏡に向かって問いかけるんだなと分かりました。で案の定洗面台に手をついて、深呼吸して、顔を三回洗ってからゆっくり顔をあげて鏡を見たんです。あ、その都市伝説は問いかけるまえにそういう手順を踏むのが決まりだったもんで。で何を言うかと思えば、「正安軒のから揚げがマズすぎる」って言ったんです。正安軒ってのは職場のすぐ近くにあった定食屋なんですけど、ちょっと笑っちゃって。


でも少し経って、「あ、これじゃ暗示の効果がなくなるんじゃないか」と。「発狂できねえんじゃねえか」と思って、自分は宙に浮いてて言葉も通じないんですが、「ちゃんとやれ!」って叫びましたね、空中から(笑)。すると思いが通じたんでしょうか、まあ全部幻覚だったのかもしれませんが、思い直したように私が儀式をやりなおして、「お前は誰だ」と鏡に呟いて、ああよかったとホッとしましてですね。


――そのあとはどうなったんですか。
鏡に向かって問いかけるのを繰り返していくうちに、都市伝説とは逆なんですが、鏡に問いかけている人間こそが自分なんだと、そういう意図で始めたんではなかったんですが、逆に自分が何者なのかを強く認識できるようになりまして。


あと、誰かの視点で自分を叱る夢というのは、非常に役に立つんですね。さあ発狂するぞと付け始めた夢の日記なんですが、読み返してみると、的確に自分の短所が表現されていることに気がついて、職場でもそれを意識して修正しようと。それを実践するようになったら、けっこう利いたんですね。それで、ああこの二つを組み合わせれば、「啓示」みたいな宗教的なものに頼らなくても、自分で自分を導けるんだと思いまして、なので独立して事業が拡大したら、「村田塾」を始めようと思っていたんです。

――それでは最後に、読者の方に一言お願いします。
こういう話をすると毎回思うんですが、実はこんなにうまくいっている現実のほうが、別の世界の自分が見ている夢なんじゃないかと思ってしまいます(笑)。都市伝説なんてのは嘘っぱちで、むしろ自分と向き合う良い機会ですから、ぜび村田塾に足を運んでください。

週刊ダイアモンド2003年6月号に掲載された、コンサルタント大手Menow代表取締役 村田智冨巳のインタビューより。
村田塾は氏が設立した自己啓発セミナーであったが、参加者から多くの精神疾患の患者が出たことにより、傷害容疑で村田氏含めた幹部3名が書類送検された。塾は2006年に閉鎖している。