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監視社会そして霊的疎外の再現

「お天道様が見ている」という言葉があって、含意として「だから悪いことをしてはいけない(暴かれる)」と続く。似た言葉に、「老子」の一説「天網恢恢疎にして漏らさず」がある。こういう制裁装置は、宗教が死んでインターネットが実現してしまったのだな、と思う。公共の場での非常識な振る舞い、違法行為の自慢、正義感から来る狂言。そういうものはネットにアップされ、見つかったが最後、「お天道様」の熱で炭になるまで焼かれる時代になった。かつて特高KGBが構築した監視社会とは一味違う、神よりも主体的で効率的に人を裁く機能を内包することになった。


そういった「現代によみがえった超自然的なもの」としてもう一つ浮かぶのが、ニコニコ動画のNG共有機能だと思う。要は、その動画内でNGに指定されて弾かれているコメントを集計し、NG報告の多いコメントを非表示にするというものである。また、NG報告の多いユーザーのコメントも非表示にされやすくなるのだという。


この「NGユーザーが共有される」というのは、つまり下手をすれば何を書いても読まれなくなるということであり、これは村八分を超えて、「成仏できない幽霊がさまよって人に話しかけようとしている」様だ。自分はもう死んでいるのに、それに気づかずその辺をうろうろしているのだ。成仏してアカウントを作りなおせばまたやり直せるが、そういう「幽霊」は恐らくすでにどこかに存在しているのだと思うと、「とうとう情報技術が地縛霊をこの世に再現した!」と胸が熱くなる。


しかしこの機能、人権がうんたらとか言う話にはなったことないのだろうか。こういう機能が一般化してくると、「ネットに接続されていて検閲も受けていないのに、書いた物が誰にも読まれない」みたいな状況を作るはずである。そうなると表現の自由が云々、そういう問題を言う人が出てくるんじゃないだろうか。ニコニコ動画のNG共有機能も日が経てばユーザーに対する減点が解消されるらしいし、アカウントの複数保持や新規開設も簡単であるからそういう問題は起きていない。だけど例えばほとんどのSNSやネットサービスをグーグルのアカウントで利用し、ブロックやNGの報告がすべてのサービスで共有されるなんてことになると、ちょっとややこしい問題が起きそうな気がする。ブログの更新は出来てるように見える……商品のレビューも書けている……でもコメントは一つも付かない……あれ……「いいね!」が押せないぞ…… そうなると幽霊の人権を守れみたいな訳の分からない話みたくなって、とうとう非現実少女の人権で人がいがみ合うし、ラオウの葬式を笑えないような社会が到来する。いいね!