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アンチ称賛社会

たとえば女子高生のブログがあり、苦しんでいるだけの言葉が連なった記事にたくさんの「いいね!」がついたら、多分変な気分になるんだけど、実際フェイスブックでは今日も骨折に「いいね!」、尿路結石に「いいね!」、犬の死、狂ったクレーム、条例違反のバーベキュー、すべてが「いいね!」を飲まされている。


貶すより褒めよと言うが、「いいね!」やはてなスターで実装できているのは褒め合うシステムではなく程度の違う肯定にすぎない。マイナスにプラスをかけるとマイナスになることは比喩としては物足りない中等教育的事実であるが、しかし「いいね!」やはてなスターはその事実通り、ある人にとって暴力的な主張をより目立たせることもある。低評価を下すアクションがあっても、マイナスとマイナスをかける作用を適度に生み出せればいいのであって、決して悪いものだと決めつけることはないと思う。


Youtubeには手の形で「グー」と「地獄へ堕ちろ」のボタンがあって、高評価と低評価がつけられるのだけど、「地獄へ堕ちろ」形のボタンはちょっとネガティブな意味合いが強いなあと思う。ネガティブ評価のボタンは、気軽に押せてなおかつ「その程度のもの」というような風情を漂わせているのが良いと思う。気にくわないものに爪痕を残したいという感情も満たしつつ、低く評価された側が「まあいいや」と思えるようなものがいい。個人的には「おしりぺんぺん」のボタンがあるといい。押されるたびに尻が赤くなっていく。政治的な論争や人生相談のレスポンスツリーに花畑のごとく赤いケツが並んでいたら、素晴らしいことだと思う。「その程度のこと」と冷静になれるし、平和だ。冗談っぽく書いているけれど、デザインはそういうことを担う学問だと思っている。あるいは鼻フックのボタンや猿轡をはめるボタンがあって、過激なことを書くユーザーはアバターがどんどんハードSMチックになっていけば分かりやすい。褒めるボタンもキティちゃんとか中尾彬の顔とかにしよう。ワンクリックのコミュニケーションなんてそのぐらい不真面目に向き合わなきゃいけないものなんだ。