読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

男一匹琵琶湖一周徒歩の旅 1日目(瀬田唐橋−高島市南部)

22歳でも青春は終わらないもんだから、急に琵琶湖を一周したくなって、歩いて琵琶湖を一周した。

琵琶湖一周はクロスバイクで行けば1日、観光をするにしても2日もあれば十分完走できる。ネットで検索しても沢山、自転車で一周したレポートが出てくる。これでは面白くないと思い、徒歩で一周した人は居るのだろうかと検索してみるのだが、出てくるのは分割した区間を別々の日程で歩いたものばかりで、通しで完歩した例は数例しか出てこなかった(フル完歩はすべて大学生によるもの)。
琵琶湖は周にして200km強ある。徒歩の速さが時速4kmだとすると、一日8時間歩いて7日かかる。おまけに天候や体調を考慮すれば10日かかってもおかしくない。そんな無茶苦茶な旅をやる時間と肉体は、おそらく社会人になれば急速に奪われてゆくのだろうし、一気に琵琶湖を完歩するなら肉体も時間もある今しかないと思った。

10月3日8時40分、「琵琶湖一周してみてーな」と思った次の日に、私は瀬田の唐橋の西詰を北に向かって歩きだした。近くのコンビニで石鹸、トマト缶、コンビーフ、900mlのポカリスエットを購入、次に見つけた薬局でテーピング用のテープを買う。石鹸は体や衣類を洗えるように、缶詰は食事にありつけなかったときに食べられるように、ペットボトルは水を入れるためで、テープは足の裏や関節を保護するために買った。
午前中は快調に進んだ。近江大橋、童貞を捨てた雄琴を通過し、12時半ごろに琵琶湖大橋に到達した。ここまでは自転車で来たことがあったのだが、琵琶湖大橋以北は全く知らない道である。琵琶湖大橋近くのイズミヤのフードコートで昼食と水分の補填を行い、さらに北を目指す。ちなみにそのフードコートで久しぶりにスガキヤのラーメンを食った。あの変なスプーン、魚介系なのか豚骨なのかよく分からないスープ。懐かしかった。

和邇、蓬莱と過ぎてゆくあたりで、もう疲れが見え始める。足腰がフラフラとまでは行かないが、明らかに足が上らなくなってきている。「道よ、起伏に富むな」というフレーズを呪文のように繰り返しながら、15時30分に志賀駅を見る。ヤギやヒツジが畑の草を食んでいる風景もあるような、のどかな広い土地だった。その頃ペットボトルの水が無くなり困っているところだったのでとにかく自動販売機を探していたのだが、自動販売機はおろか商店の一つもない道が続く。湖岸沿い、湖西線の線路沿いに歩いていたのだが、国道沿いにも駅周辺にも、何もない。何だここは!?

結局途中にあった公園で水を汲んだ。休憩もしていこうと思ったのだが、成人男性が回転遊具に座って一人休憩というのも不審なものだから、足早にそこを去りさらに北上を続ける。

17時ごろ、近江舞子に到着した。近江舞子は夏、ビーチに観光客が沢山訪れる。自由に入ることが出来る浜はなくて、どれも民宿や貸しボート屋なんかにお金を払って浜に入る必要がある。浜に入れないのを少し残念に思いながら湖岸を歩いていると、レジャー施設が立ち並ぶ中に一か所「売土地」の看板が上っているところがあり、そこから浜に入ることが出来る場所があった。そこを入って少し浜辺に沿って歩くと、なんと草木が生い茂って周囲から全く見えないようになっている浜があった。砂も粗く流木も多いが、水も透明で素晴らしい。私はタオルを取り出し、火照った体を湖水で清めた。ついでにその日来ていた服も水で念入りに洗い、砂に流木を立てて服を干した。漂着していた2Lペットボトルを座布団にしてその場に座り、リュックから朝に買った缶詰を取り出す。コンビーフとトマト、食えない味ではないが、塩気が足りない。だがその状況下でコンビーフに齧り付く自分がとてもワイルドに思えて楽しかった。

食事が終わり砂浜で夕陽を眺める。初秋の近江舞子は無人、目の前に広がる湖には船も灯りも見えない。私はまるでこの世に自分しかいないかのような、最も甘美な類の孤独を満喫していた。今日はここで寝ても良いのかもしれない。そう思った矢先、遠くで何かが叫ぶ声が聞こえた。鳥が争う声だった。中年男性のような声で争う鳥たちを見て、私は夜間に野性動物に襲われる心配をした。火も携帯の明りもない浜で、野犬に襲われて死んだら洒落にならない。手元にはコンビーフの食べかすもある。ここで一泊するのは危険なように思えたので、陽が落ちた18時30分頃に再び北上を開始した。

ここからは本当に何もない、文明らしいものが道路の白線しか見えない道を30分ほど歩き、湖岸沿いの自動車道脇にある申し訳程度の歩道をさらに30分ほど歩いた(途中馬糞か犬の糞らしい感触の何かを踏んだが本当に暗くて確認できなかった)。

19時30分、「高島市」の看板!

「さっきまでまだ大津市やったんかよ畜生!」

狂ったようにでかい声で叫んだ。

高島市南部、いかにも高齢化の進んだ古い村が見えたころ、バス停の待合所が見えた。バスは始発が8時、終発17時、1日8本。典型的な田舎の時刻表に笑いながら、待合所の中で体を横にした。寒さと国道を通るトラックの轟音で殆ど眠れなかった。

初日の歩行距離は50キロ。ちょっと調子に乗り過ぎた。


次回は豪雨のマキノで古武術の集団と遭遇します。