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わいせつ石膏の男

夏、モーテルの駐車場に一台の車が停車する。日本車である。運転席からは一人の東洋人が降りて来る。白いポロシャツにワンタックの茶色いチノパンを履いている。頭にはサングラスと、かぶり疲れてよれたハットを深めに被っている。
助手席から降りてきたのは、中東の血の混ざったように見える美しい女だった。髪と瞳が栗色の端正な顔立ちをしたその女は、妖艶さを隠すように色気のないシャツとジーンズを履いており、肩に入れた刺青がシャツの端から顔を覗かせていた。


男は後部座席においてあった荷物を取り出す。それは石膏を取るための道具であった。石膏粉末、麻を刻んだスタッフ、バケツ、樹脂、等々。雑多においてあったそれらを腕いっぱいに抱えモーテルに入ってゆく。


「ヴァギナの石膏を取りたいだなんて、頭がおかしい人なのかと思ったわ」
「事実、日本では一度逮捕されたからね。確かに頭がおかしいんだろうよ」


男は荷物を整理しながら、ラテックスの手袋をはめて樹脂を千切り分けている。女はベッドに腰掛けたまま、報酬の150ドルを数えながら、男に訊き返した。


「日本じゃヴァギナの石膏を取るだけで逮捕されるの?」
「いや、売るのがダメだったらしい」
「あんなにポルノが盛んな国なのに?」
「警察のお墨付きがなければポルノも犯罪さ。と言うより、警察が天下りしたクソッタレ共がポルノを"ポルノじゃないもの"ってことにして売ってる。呆れた文化国家さ」
「そんな国じゃヴァギナの石膏なんて売れないわ」
「まったく」


男が樹脂を手で柔らかくし終えると、女は言われたようにジーンズと下着を脱いだ。先にシャワーを浴びようとしたが、男はそれを暗に制止した。蒸れた芳香を放ちながら、露わになった下半身がベッドに横たわり、そのまま陰部は蛍光灯へと、吊り上るように上向いた。女のヴァギナは事前に指示された通り、くまなく剃毛を済まされていた。


「こんな格好恥ずかしいわ」
「そうだろう。大抵、こうやって型を取るとき、女は不思議とセックスするときよりも恥ずかしそうな顔をするんだ」
産婦人科に行くと、こんな感じなのかしら」
「さあね」


男はまず軟膏質のものを女の股間に塗った。その手つきに性的な意思はなかった。この作業は密着させる樹脂と股間が乖離しやすいようにするためのもので、男にとっては単なる作業に過ぎなかった。のち、柔らかく、粘土よりも少しゆるい位になるまでほぐした樹脂を優しく女性器に押し当てる。


「その羞恥の顔を思い出しながら飲む酒は最高なんだ」
「やっぱりおかしな人」


石膏は硬化する際に発熱する。そのため人体の型をとる場合、通常は油粘土などで型を取ってから石膏を用いる。しかし女性器は油粘土を押し当てて型が取れるほどの硬度がなく、また単純に油粘土は性器に接触させるには不衛生であった。男は試行錯誤を重ねた結果、特殊な樹脂を用いることにしていた。


「このスライムみたいなの、いったい何?」
「特殊メイク用の樹脂さ。ハリウッドでも使われてるシロモノで、時間が経つと硬くなる」
「ふうん」
「これ一つでアイ・フォーンが買えるくらいの値がするがね」
「アイ・フォーンを買ったほうがマシだわ」


10分ほどだろうか、女はこれまでどんな男にも見せたことのない姿勢のまま、携帯電話を見て時間を潰していた。男は時々指で樹脂の硬さを押し探りつつ、往来しては換気扇の下で煙草を吸っていた。


「どうしてこんなことを始めたの」
「ミロのヴィーナスさ」
「ミロのヴィーナス?」
「そう、ミロのヴィーナス。乳房を出しているのに、下半身は布で覆われているだろう」
「ええ」
「初めてアレを見たとき、そこにある隠されたヴァギナを見てみたいと思ったのさ。失われた彼女の両腕に想いを馳せるように、布一枚の向こうにある大理石のヴァギナをね。それで気がついたら、無数の女とこんな夜を過ごすようになっていたと」
「嘘ばっかり」

「確かに、こんな話が嘘か本当かは、もうどうだっていいことだ」


硬化した樹脂を取り外すと、女は凝り固まった股関節をぐりぐりと揉みながらシャワーを浴びにいった。男はその樹脂から石膏の型を取り始める。石膏の粉末に水を加え、その中に樹脂を沈めてゆく。


午前1時28分。男は最後の煙草を火に晒した。夜風に当たりながら、今しがた咄嗟に吐いた自分の嘘を反芻していた。


「ミロのヴィーナス、か」


およそ、この世で性的蒐集というものには理由も目的も無いものだ。ただただ心の赴くままに。彼さえその例外ではなく、なるようになってここに流れ着いた。そんなことのために祖国を出て、見知らぬ異国の女を口説いている。何度嫌気が差そうとも、その度に呪わしい儀式に溺れることを彼は彼自身に許す。この夜もそんな、何度目かの夜だった。


「じゃん」


シャワーを浴びた女は衣服を着ることなく男の前に立っていた。男が暴かなかった乳房が自ら露わになり、しかしながらバスタオルが腰骨よりも低い位置で危うく留められていた。髪はアップにまとめられ、彫刻のようにポーズをキめてこちらを見ている。


「ヴィーナスの型はできたかしら」
「ハッ」


男が鼻で笑うと同時に、煙草の灰が腕に落ちて取り乱す。窓の外に煙草を弾いて捨てると、彼は呟く。


「確かに、俺ァ最初から芸術家でも名乗ってれば良かったのかもな」


夜を更かすだけの煙草はもう無く、口を滑らせるだけの酒も用意していない。ただ湯上りの女の体と固まりゆく石膏から湯気が立ち上り、部屋の中で冷ややかな夜風と混じり合っていくのみであった。


http://mainichi.jp/select/news/20130627k0000e040210000c.html