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0.1秒の間抜けさ

いきなりめっちゃ分かりにくい話で申し訳ないが、例えば「俺にも彼女が」と書こうとして「俺んきにも彼女が」と書いてしまい、「俺ん|きにも」の位置に点滅する縦棒(キャレット、と言うらしい)があったとして、私なら「BackSpace」と「Delete」を計2回押下するだろうと予想できる。しかしDeleteボタンを使い慣れていない、あるいは存在すら知らないような人たちは、「→」かマウスで「俺んき|にも」の位置に持っていって、「BackSpace」を2回押すに違いない。この場合、縦棒の移動を含めアクションは3回になる。各動作の速度にもよるが、前者のほうが僅かに、本当の僅かにだが早い。
そんな0.1秒もない時間を短縮して何だと言うのか、何のためだと言うのか。「その方がスマートだから」これに尽きる。いちいちそんなことでズッポリ悦に入るほど自尊の感受性が高いわけではないが、老いても人は無意識に、ある時は信号待ちを読むことに、ある時は料理を食べる順番に、よりスマートな方を選ぶことで僅かな幸せを感じる。
コンビニのレジに「00」のボタンがある。電卓でも使用されるボタンだが、コンビニの会計で「0」を押す回数など、高々3回、公共料金の支払いや各種コンビニ決済、あるいは10005円などの稀な金額でない限り、4回も5回も0を押すことはない――つまり「00」のボタンの存在で得られる時間短縮など知れたもの――だが、店員は押す。500円の品物を5-0-0とはせず5-00とする。人間の知覚できる、知覚してどうにかできるものではない時間が節約される。なぜか?指の負担軽減でも時間短縮でもなく、スマートだからそうしたがる。
その意味で、私は「逝ったぁぁぁ」だとか「○ ○ 終 了 の お 知 ら せ」みたいな表現が、非常にまどろっこしく思える。「ぁぁぁ」は「lalala」と打ち込まなければいけないし、「○ ○ 終 了 の お 知 ら せ」も、一度文を書いてから←[Space]←[Space]←[Space]……と書き込んでいるのだろう。それはスマートではない。F7キーでカタカナに変換するみたく、ひとつのボタンで瞬時にそうできるなら私も書くと思う。しかしそうでないなら、そのスマートでない、"間抜け"な修飾をする気にはなれない。ポチポチと該当部分にてこ入れする様が浮かんでしまう。
なぜだろう?こんな1円にもならないブログを書くのに数十分使いながら、0.1秒の入力を短縮することに喜びを感じ、1秒で終わる飾りつけを躊躇う。塵を積もらせて山にしてから再開発してダムを作って放流するみたいな訳の分からないことをやっている。